Something

Takeshi Hirano

畑の主、どこに行く?

おー旅人よ。主は、、

2020.12月末、現在借りている畑を2月末までに返還することになりました。
地主さんと次の所有者の方が挨拶にこられました。長い間、ありがとうございました。
とお礼申しあげました。
一抹の淋しさが主には去来しましたが、天命と受け止め、新たな旅立ちの始まりと理解したようです。
畑の竹林の竹で作った猪口で日本酒の熱燗を飲みながら一人、物思いに耽る主です。

畑の主の原点は遡る事、1985年(昭和60年)の春から(36年前)友人と二人で始めた山林の開墾と山小屋作りにあります。
主、37歳

1986年(昭和61年)の年賀状

当時、賀茂郡河内町にある友人の実家の山林を借りていて山小屋と畑作りを目的に私の動物病院がある青崎町から毎日、軽自動車で一時間半かけて出かけてました。
出発は午前4時30分です。平日作業はほんの30分です。
仕事前にはちゃんと帰ってきてます。日曜日、祭日は終日。
開墾、山小屋のほぼ完成したのは1986年の暮れで、友人と二人で山小屋の囲炉裏で暖をとりながら寝袋の中で、おせち料理を食べながら、やっぱり熱燗を酌み交わしながら、
厚く語り合い、元旦の初日の出を見て、すごく神秘な気持ちになったのを思いだします。

1986年、3.21(金)、祝日、快晴
午前10時~午後6時の終日作業。
既に、あらかじめ山林の木々(主に杉材)を伐採、皮剥き、材木の乾燥等の準備を済ませています。
今日はいよいよ山小屋の建前です。開墾した斜面に基礎の土台に三角形の2辺を組み立てたところで昼休憩にしました。
友人家族と私の家族が満足げに、見上げてます。
子供は早速、現場を遊び場にしています。感動ですよ。
達成感も加わり、満足。
それにマトン(羊肉)で焼肉。薪の火で。実に美味い。まさに、アドベンチャーファミリーじゃと悦に入る。

ブログ記事「山上のキャビン」に詳細を載せてます。
よかったらご覧ください。
さてどんなキャビンにするかなと、いろいろ思案して自称、夢想家の主はふと脳裏に浮かんだ映像を素早くスケッチし、絵具で色付けした。
それが設計図がわりの様です。

不思議と絵に良く似てますよね。
このキャビンは実はね、寝泊まりしたのは友人と2人でほぼ完成間近の暮れの12月31日のたった一回だけだったんです。
2年がかりで作ったんですよ、、。ところが遠方故に、ある事があって管理が負担となり、残念ですが、三月の日和のいい日に撤去したんです。
友人家族と内の家族でfare well partyをしました。

1987年(昭和62年)の年賀状

思い出の看板。

絵のほうはその後、しばらくは動物病院の自分の診察室の壁にかけていました。
ある時、たまたま、この絵を見た飼い主さんでスナックのマスターが
「この絵にはパワーがありますよ。よかったら、お店に飾らせてもらえませんか?」
こんな絵でいいんですか?と言う会話がありました。

その後、お店に夫婦で立ち寄り、ご主人が籐で額ぶちを作って飾ってくれていました。
その中にある自分が描いた絵が見れて嬉しかったです。
さらに時が経ち、その絵が我が家に帰ってきたのは2005年に自宅を新築した頃です。
すでに幻になった山小屋が忘れられず、1階をログハウス調にイメージして仕上げてもらった部屋の壁面に「The Gate to Something」を掘り込んだ山小屋の看板と並べてかかげたいとマスターに今度は私が頼む事になり、心よく承知してもらい、帰ってきた次第です。

暫くは町営の畑を畳2枚分ですが数年やっていましたが頭の中からは河内町の幻のキャビンが忘れられません。
何処か近場で似たような場所はないか探していました。1998年のことです。

1998年(平成10)の年賀状

近所に住んでおられる中学の恩師であるS先生(畑の師匠)から場所がみつかったよ。
地主さんにあってみる?と連絡をいただきました。
早速、現地で地主のTさんに会いました。
正に河内町の山林のミニ版です。実は私が求めていたものにピッタリなんです。
又、始まるぞ。
密かなる決意が既に生まれてました。
主、御年50歳。
背丈に近い高さのブッシュで竹林まで境が不明なくらいの状況でした。
石畳の風情ある空城公園への裏道が接するところにTさんはこの辺に小屋でも置いてやれば。
「あのう?何処までやればいいのですか?」どこまででもいいよ。
「あの竹林の際まででもいいんですか?」いいよ。
「わかりました。宜しくお願いします。」
早速、ヨド物置を購入して据え置きました。作業基地です。
毎日、ちょこっと主義でかつての山小屋作りを完遂できた経験から生まれた教訓が生かされ、先ずは、畳一枚分を開墾して自己満足する。
俺は逃げださんよ。って印を刻み、後は後ろを振り向かない。
だから、結果的に着々と進んでいきました。
雨が降ろうが、暑かろうが、寒かろうが、私には全く障害になりませんでした。
それから何十年も経てば、こんなに立派な畑になってますよ。
継続は力なりですかね?
さてさて、新年早々、昔話にお付き合い頂き有り難うございました。
改めて、明けましておめでとうございます。

2021年(令和3年)の年賀状

コロナ収束を願いながら、スタートした2021年、主は畑の縮小はあるもの、
畑の片付けと並行して自宅敷地内で家庭菜園できる場所を確保したようで、新年、早々から動き始めています。
こうして振り返ってみても、只々、大いなる御手の中で動かされてるのが実感できます。
感謝しかないですよ。主、御年72歳。
今後とも「ブログ、畑の主は」は展開しますのでご期待ください。

令和3年1月15日 記