今年も残すところ一週間となったある日、午前中の診療時間中に救急の往診依頼があった。
「タヌキが身動きとれなくなって、もがいているんですよ」
よく状況がつかめなかったが、いかにも緊迫した声の様子に、院内の診療はスタッフにまかせて、とにかく現地へ出掛けてみることにした。先ず電話をくれたTさんの家を訪ね、それからタヌキのいる所へと案内してもらった。
そこには近所の人たちが数人集まって、なすすべもなくタヌキを見守っている姿があった。一見して若そうなタヌキがアルミ製の門扉の柵に挟まってもがき苦しんでいる。どうやら柵に頭から突っ込んでじぐざぐに体をねじったあげく、腰のあたりが抜けなくなってしまい、どうにも身動きがとれなくなったようだ。
実に奇妙な光景だった。夜のうちに食料を求めて山を降り、人里にやってきた一匹の若いタヌキが、腹ごしらえをすませて山へ帰ろうとした際に遭遇した不幸である。
「今からちゃんと楽にしてあげるから、もう少しの辛抱だよ」
そう声をかけながら体に触れようとすると激しく威嚇してきた。野生で人慣れしていないので当然である。そこで軽い鎮静剤を注射して、触れることができる状態になるまで待つことにした。
十五分くらい経った頃、ようやくおとなしくなったタヌキの体を丁寧に柵からほどいて、無事に救出することができた。集まった人たちは口々に
「よかったね」
と喜び、私も目的を達成することができてほっとした。
ところが、あらかじめ病院から持参したカゴにタヌキを入れ、鍵をかけようとした途端、タヌキが一瞬の隙をついて飛び出してしまった。急いで捕まえようとしたが、ふらふらしながらも逃げ足速く、何件もの家の庭を通り抜け何度も見失いかけてしまった。その間、いいかげんあきらめてしまおうかとも考えていたのだが、鎮静剤を打っているため山に帰る途中で居眠りでもして犬に襲われては…と心配になり、結局、近所の人たちにも手伝って貰い、一同汗だくになりながら二十分近くも悪戦苦闘してようやく捕まえることができた。その日は、そのまま動物病院に連れ帰り、栄養剤を注射して一晩入院させることにした。
翌朝、Tさんに連絡して一緒に府中町の山へ連れて行った。タヌキはカゴから飛び出すと一目散に住処へ帰って行った。
それから数日後、Tさんからお礼の葉書が届いた。
「今年もいよいよ押し詰って参りました。この度は病院がお忙しいにもかかわらず、タヌキのために無理をお願いし申し訳ございませんでした。その上、タヌキを山に帰すときにもお供させていただき、先生のお優しさに心から感謝しております。これから先、無事に元気で生きのびてくれることを祈るばかりです。
本当に人間のエゴで山が荒れていくことを思うと今更ながら心が痛みます。しかしこの度のことで、近所の皆が久しぶりに顔を合わせ、共に心配し、また、助かって共に喜び合い、たいへん思い出深いクリスマスになりました。よい年をお迎えくださいませ」
追記
毎年クリスマスの夜になると、いつも思い出す出来事である。
そしてこのときの「お礼の葉書」が私の人生において最高のクリスマスプレゼントになった…。